茶々をはじめとする姉妹たちは、安土城の焼け残った建物で暮らすことになった。

助作は、北陸の仕置きをする秀吉に先行して、姫たちを安土に護送する役目を仰せつかった。が、そこに割り込んできたのが石田佐吉である。秀吉の側近く仕える立場を利用して、浅井家の旧臣であったこと、奥づとめで姫たちにも面識があることなどを吹聴して、護衛の役割を買って出たのだ。

秀吉も、お市の手紙にあった幾つかの制約を無視したい気持ちからすれば、事情を聴かされているかもしれない助作よりも、万事気が利く佐吉のほうが使い勝手がよい。助作はマジメに過ぎて、融通が利かないのである。その上、夫婦揃って妻の寧々に目をかけられている。妻に情報が筒抜けになるのが面白くない。秀吉は茶々を一目見たときから「お市様以上の美女」と惚れこんでしまっていたのである。

「助作、佐吉、そなたら二人で姫君たちを安土までお送り申せ。越前から長浜までは、柴田の残党どもが出没するであろう。危険な土地ゆえ、助作と、そうじゃ、加兵衛も一緒にお守りするのじゃ。長浜からは船でな、安土までご案内して、安土の屋敷の手配や、身の回りのことについては佐吉、そのほうが差配をいたせ。

よいか、くれぐれもご不便がないようにするのじゃぞ。それが、お市様からわしへの手紙に書かれてあったことじゃ」

手紙の話題を持ち出して、助作の目の動きを探るように見つめる。お市の手紙の中身を、助作がどこまで知っているのか、その気配を測っているのだ。

「承知いたしました。長浜までは、誰にも指一本触れさせませぬ。

して、その後に、私はどちらに出仕いたすのでございますか」

「ふむ、久々の長浜じゃ。父母に手柄の報告をするもよし、人集めをするもよし、好きにいたせ。助作も三千五百石取のご大身になるのじゃ。しかるべく人数を揃えねばならぬ。

加兵衛とて同様じゃ。千二百石の身分にふさわしい人を集めよ。しかる後に、宝城に戻ればよい」

思いがけずに里帰りが許された。須賀谷へは数年戻っていなかったのだ。それに、宝城に帰る前に茨木城に立ち寄り、中川秀政にお悔やみと、お祝いとを伝えておかねばなるまい。

瀬兵衛や淵之助の遺志を、秀政に教え込んでおかねばならぬ。それが自分に託された使命でもある。

秀吉からつけられた二百の兵に守られて、北の庄から北国街道を近江に戻っていく。

近江に入ると、集落ごとに人だかりがしていて

「あれが七本槍の片桐様じゃ」と住民たちが自分を指差して噂話をしているのが耳に入る。「弟御もお手柄だったそうな。兄弟揃ってたいしたものじゃ」などとも聞こえてくる。が、その逆に「浅井を裏切って羽柴の犬になった片桐だ」などという声も聞こえる。

<人の噂も69日>助作は気にしないように前を向き、輿の脇を固めることに徹していた。

時々、佐吉が輿の脇にやってきて、しきりに姫たちに話しかける。歓心を買おうと、彼なりに努力しているのだが、そういう態度は気に入らぬ。一緒にいたら怒鳴ってしまいそうなので、佐吉が寄ってくるたびに行列の先頭に出て、あたりを警戒すべく馬を駆けさせて、ムシャクシャした気分を追い払う。

途中は何事もなく、今津から木の本に向かった。突然、三の輿から声が上がった。

「父上の旗が見える」

江が、柴田勝家の陣があった辺りを指差している。たしかに、柴田勝家の本陣があった辺りに笹雀の旗が風に揺れていた。片付ける暇もなかったのであろう。

「停まれー」

助作は行列を止めて、輿を下ろした。三人の姫たちは輿を降りて、旗の方に向かって手を合わせている。姫たちにとって、柴田勝家は優しい父であったのだろう。気が済むまでここに留まればよい。

「助作殿、このような血に汚れた場所に、姫たちを降ろしてはならぬではないか」

後方から佐吉が駆け寄ってきて出発を急がせるのだが

「黙れ、佐吉。父やその家臣の供養をするというに、許されぬのか」

茶々の声がとがった。

「申し訳ございませぬ。折角のご孝心のお邪魔をいたしました。

心行くまで、気のお済みになるまで、お留まりください」

助作が頭を下げるのを見て、今度は江が吠えた。

「佐吉とやら、目障りじゃ、去ね」

茶々と初は、道端の花を摘んでいる。それを一束にして、旗のある方向に供え、じっと手を合わせていた。助作も、加兵衛もそれに習う。周りの兵たちもそれに習う。柴田の兵ばかりではなく、羽柴の兵も大勢、この地で命を落としているのだ。

「佐吉殿、休憩といたそうではないか。菓子や茶などを出してくだされ」

江に追い払われていた佐吉が、決まり悪そうに茶菓子の用意をする。佐吉としては、早く長浜に到着して、姫たちを独り占めしたかったのだ。

「急ぐ旅ではございませぬ。今日は木の本にてお泊り願いましょう。

加兵衛、宿の手配りをしてくれぬか」

「承知。供養の支度もしておきましょう」

加兵衛の後を平吉、弥助も駆けていく。彼らも、既に士分になり、馬に乗っているのだ。

それぞれに中村平吉、近藤弥助と名乗り、部下も従えている。片桐家が発展すれば、彼らにとっても身分が上がっていくのである。もはや須賀谷の悪餓鬼ではない。

彼らとて、一刻も早く故郷に帰り、出世した姿を親兄弟に見せたいのだが、助作や加兵衛の許しがなければ、決して我侭は言わない。それが片桐家の強さになっているのである。

翌日も、ゆっくりと移動した。賎が岳に手を合わせ、そして三姉妹の生まれ故郷である小谷山に手を合わせる。今は城とてないが、石垣は残っている。

「万兄様も、虎兄様も、もはやいないお城」

それを聞きつけた佐吉が茶々に小声で何事か語りかけている。茶々の顔がパッと輝いた。

どうやら佐吉が囁いたのは、虎千代、浅井喜八郎の消息らしい。それを伝えるために、佐吉は安土への護送役を名乗り出たようだ。


今浜城に送り届けたあとは、佐吉に追い出されるように城を後にして、懐かしい須賀谷への道をたどる。評判を聞きつけて、村の入口には凄い人だかりがしている。

「兄者。久々の凱旋でござる。隊伍を組みましょうかな」

嫌がる助作を無視して、平吉が行列の順を指図している。助作、加兵衛を先頭に陣兵衛以下の面々が隊伍を組んでの凱旋行進である。待ちきれない子供たちは坂をかけ降りてきて、一緒になって行列の後ろにつく。助作の子供のころと同じ雰囲気が残っているのだ。

先駆した平吉が、村の衆に向かって大声で怒鳴っている。

「先頭は三千五百石馬廻り、片桐助作様。続いて千二百石馬廻り片桐加兵衛様・・・

……で、わしは加兵衛様馬廻り中村平吉である」

名を呼び上げるたびに、大きな歓声と拍手が沸く。村中総出の歓迎で、この集団が行列を取り囲んで片桐屋敷へと向かっていくのだ。

門前には、父と母が立って出迎えていた。

助作はかなり手前で馬をおり、徒歩で父母のもとに向かった。父や母を馬上から見下ろすなどと言う無礼は出来ぬことだ。父は満足そうに大きく頷いている。母は息子の無事な姿に満面の笑みだ。賞賛を送ってくれる村の衆に、いちいち丁寧にお辞儀を返す姿が喜びに溢れていた。

「二人合わせれば五千石に近い大封じゃ。たいしたものじゃ。

しかしじゃ、これに驕ってはならぬぞ。責任が重くなったと言うことじゃ。ますます精進せねばならぬ。羽柴様の、お役に立たねばならぬ。それにな、浅井長政公のお名を穢す真似をしてはならぬぞ。赤尾様、遠藤様の分まで働けと言うことじゃな」

喜びを押し殺して、早速説教が始まった。これが父らしいところだ。しばらく合わぬうちに髪の毛に白いものが増えて、爺様に似てきた。

助作は家に入るなり、まっすぐに仏間へと直行した。助作を一番に可愛がってくれた爺様は毛利と戦っている頃に亡くなってしまったのだが、墓参りもできていなかった。

爺様の位牌に手を合わせると、位牌の陰から爺様の声が聞こえてきた。

「どうじゃ助作、わしの槍は凄みがあろう。この槍がある限り、わしはいつでもそなたの側にいるでな。安心して働け。まだまだじゃぞ、助作。大名にでもなってみろ」

大名に…そんな高望みはしない。ともかく目の前のことを、確実にこなしていくしかない。

そのためには、人を集めなくてはならぬ。その人を育てていかねばならぬ。百人を超える配下を抱え、その家族を含めて食わしていかねばならぬ。それを…俺はやる。

位牌をにらみながら、助作の腹に勇気が湧いてきた。