一カ月ぶりに秀吉が紀州から帰って来た。紀州での戦線は、秀吉が思っていた以上に苦戦していて、凱旋というほどのものではない。本願寺はおとなしくなったが、雑賀孫市の率いる紀州の国人たちは山中の狭い谷や、複雑な海岸線を利用して執拗な抵抗を続けている。紀州のいたるところで、地の利を生かす上に、雑賀衆の鉄砲の技術は目を見張るものがあり、射程ぎりぎりの遠くから寄せ手の騎馬武者を狙う狙撃で、羽柴軍は怪我人続出である。

こういう戦いに嫌気がさして、秀吉は大阪に戻ってきた。

「官兵衛、仕事ははかどっておるか」まず、第一声は城作りの催促である。

「本丸は、ほぼ地ならし、石組みが終わりました。目下、二の丸の整地を進めております。堀を深く、広く、と考えますので時間がかかります」

「うむ。二の丸はゆるゆるでもよい。いずれ、従ってくる大名たちにやらせたる。

本丸の御殿を先にいたせ。姫路に置いてあるおっかぁや寧々を呼び寄せねばならぬぞ。

あのような田舎に一族を置いておいては、わしの沽券にかかわる」

この言葉に官兵衛が嫌な顔をした。姫路は黒田官兵衛の故郷であり、官兵衛の城を秀吉に提供しているのだ。「田舎」「沽券」などと言われたら、面白いはずがない。

「建築にかかるには、材木の手当てができておりませぬ」

気分を壊してしまっている官兵衛に代わって、藤堂高虎が口を出した。

「何を言うか。わしの紀州攻めは、紀州から材木を運び出しに行って来たようなものじゃ。

見ておれ、数日中に難波の海に紀州から材木を積んだ船や、筏がやってくる。生駒や葛城の山中からも調達せよ。

それに石材は須磨や瀬戸内の島々からも調達せよ。近場ばかりで調達しようとするから、仕事がはかどらぬのじゃ。畿内の大名どもにも仕事をさせよ。

分かったか助作」

秀吉は自分の失言で官兵衛が気分を害しているのに気がつくと、矛先を助作に向けてきた。

ここは仕方がない、叱られ役に徹することにしよう。

ともかく、秀吉が家族を呼び寄せたがっていることだけは確かだが、だからと言って仮小屋に住まわせるわけにはいくまい。

天守閣は後回しにしても、奥御殿だけでも先行させよう。こちらの担当は京から呼び寄せた宮大工たちだ。造作などは、むしろ寧々が来てからの方が良いかもしれぬ。ともかくも、京の寝殿造りを雛型にした、公家風の優美な建物になりそうだ。

「官兵衛、寧々も、母も、姫路がたいそう気に入っておるのじゃが、それではわしが困るでな。天下の仕置きをするには、それなりの城がなくてはならぬ。その城は羽柴の本拠地でなくてはならぬ。

それがじゃ。今のままでは山崎の宝城と姫路に別れてしまっている。外聞も悪いでな。

特に京雀がうるさい。次なる標的は、京の宮廷と尾張の信雄よ。

官兵衛、城の方はめどがついたゆえ、そちはその方面を手伝え」

秀吉にとって紀州攻略はそれほどの政治的意味を持たない。むしろ、中国の毛利との関係を安定させ、目を東に向けることが重要な政治課題である。西の毛利は、大阪に残っていた官兵衛が、安国寺慧恵と折衝してほぼ折り合いがついていた。小早川隆景を中心に、秀吉の天下へ協力する方向で、毛利家中の衆議がまとまりかけていた。

北は、丹羽、前田、不破、金森の大名たちに分け与えてあるのだが、一人、越中の佐々成政だけが言うことを聞かない。しきりに浜松の家康と連絡を取っている。

最大の課題は東で、岐阜の信孝は謀反の罪で腹を切らせ、美濃には大垣城に池田勝入を配して睨みを利かしてあるが、信雄の態度が煮え切らない。いまだに織田家の宗主気分であるらしく、秀吉が平定した後に政権を譲り受ける気であるようだ。その後ろでは家康が不気味な沈黙を続けている。天下の動きには目をつむって武田遺領の簒奪(さんだつ)に精を出している。実力を蓄えて秀吉に対抗しようという魂胆が透けて見えている。さらに、その後ろには、上杉、北条という大勢力が不気味に控えている。家康は彼らとも連携をとって、反秀吉連合を築こうとしているようにも見える。

今、秀吉が攻めている南の紀州は、賤ガ岳の戦いの折に柴田を支援した報復である。攻め取ってどうこうするというよりは、徹底的に痛めつけて蠢動を抑えておけばよいのだ。

それがあるから出陣した兵たちも、半分は軍事演習の様なもので、真剣味に欠けている。

この先、秀吉と菅兵衛、この二人の頭脳から繰り出される各種の陰謀が、じわじわと織田一門を締め付けていくことになる。気づかぬうちに信長の遺児としての権威が奪われて、権力は秀吉に集中していく流れになってきていた。それは、秀吉の朝廷工作の進捗によるところが大きい。秀吉は信長に代わる権威として「天皇」「朝廷」を大々的に活用し始めたのだ。朝廷の大官を手に入れ、位討ちで諸侯を靡かせようと狙っている。


二ヵ月後、姫路から賑やかな一団が繰りこんできた。寧々、秀吉の母のなか、姉のとも、京極龍子などの妻妾、そのほかにも侍女たちや家臣の家族が加わって、百人を超す女たちの集団である。派手好きの秀吉の趣味も手伝って、行列はまさに祭り気分である。

「大きな御殿じゃなも。このようなところでは屋敷の中で道に迷いそうじゃ」

奥御殿の廊下を渡りながら、なかがぽつりと呟いた。

「お母君様、とも様、旭様の屋敷は、こちらにご用意いたしました」

助作は、御殿の中でも最も奥に当たる場所へ秀吉の母をいざなった。南西の角に当たる場所で、本丸からの眺めの最も良い場所である。しかも、そこには庭園の代わりに百坪以上ある畑があり、雑木林や竹藪も残してある一角だ。

「ほー、助作は気が効くの。おや、あそこにあるは大根ではないかえ」

なかは目ざとく畑の一角から芽を伸ばしている二畝の若葉の列に目をやった。

「今のうちに間引きをせぬと、良い大根に育たぬぞ。・・・男衆は気が利かぬ」

なかは御殿の部屋の造作など目に入らぬように、ブツクサ言いながら畑に出ていく支度を始めた。侍女たちは大慌てだ。

一方、とも、旭などはきらびやかに金銀で飾られている御殿の中ではしゃぎまわっている。

「では、奥方様のお部屋へ」

助作が案内した寧々の部屋は、本丸御殿の中央にあり、南には広大な泉水のある池を抱えた中庭に面していた。が、そこの襖(ふすま)ばかりは白いままで何の絵も描かれてはいなかった。

「絵を描かせず、奥方様をお待ち致しておりました。

ここばかりは奥方様のお城ゆえ、われらが余計なことをしてはなるまいと、造作を控えておりました。いかなる絵柄がよろしゅうございましょうや」

「そうさのう、あまりに派手な柄では落ち着かぬし、かといって地味過ぎては他の部屋との折り合いが悪くなるし…、いかがしたものか……、しばし考えてみよう」

家具や調度は、姫路から持ち込んだ物を使うのだが、豪華な部屋に入れると、どこか貧弱に見えてくる。このあたりも器に応じて変えていくことになるのであろう。寧々よりも、侍女たちの方が浮立って、あれこれと注文を付けて来るが、そこらは助作の担当範囲でなく、佐吉以下の勘定所の担当範囲だ。苦手なことには手を出さぬがよい、と、助作は早々に退出した。

屋敷に戻ると、こちらも大騒ぎが始まっていた。作事奉行所の奥に私邸を建ててあったのだが、男所帯であったから雑魚寝風の大広間しかない。助作も、家臣も一緒に住まっていたから、片づけからして大騒ぎだ。まずは甚兵衛や左近などの家臣たちが人足長屋の方に移らねばならぬ。自宅の屋敷のことにまでは手が回っていなかったのだ。

「この曲輪はわしに任されておるが、いずれは屋敷を新築しようと思っていたのじゃ。

が、公務多忙でな…。お光や義父母、それに家臣の者たちには不便をかけるが、しばし、辛抱してくれ。ここは表といたし、地続きに屋敷を建てねばなるまい」

「ほほう、この曲輪を任されるとは婿殿も大した御出世じゃ。

どうじゃ、婿殿。このわしに普請を任せてはくれぬか。華美ではなく、かといって、この奉行所の様に抹香くさくもない物を建ててみたいのじゃが、どうじゃ」

義父の半右衛門は大乗り気である。須賀谷にいたころから大工の心得があり、建築という分野には人一倍興味があるのだ。

「そうでございましたな。義父上にお任せ致そう。いずれ加兵衛もこちらに移ってまいろう。郎党の長屋も用意せねばなるまい。曲輪全体の縄張りをお願い致す。

それには新規に召抱えました松野左近をお使いくだされ。なかなかに気が利きまする」

左近が家族に紹介された。近江人ばかりである助作の家中では異色だ。

お光が左近の方に向き直って尋ねる。

「ところで松野様は旦那様から幾らの扶持をいただきましたのじゃ」

「50石でございます。私の様な新参者には過分にございまする」

「それはなりませぬ。

100石になされませ、旦那さま。そうでなくては良いお方は集まりませぬぞ。

そうなさりませ」

助作も驚いたが、もっと驚いたのは、昇給を言い渡された左近である。三千五百石の所帯であれば50石は良い手当であるし、先任の甚兵衛も同じ50石である。

辞退せねば……と身を乗り出したところに、またもやお光が先手を打った。

「旦那様、片桐の家は当初の200石で回していけますゆえ、御加増いただく分は、広く家臣に分配しなくてはなりませぬ。我らだけが贅沢をし、家臣が貧しいのではそれ以上の働きができぬではありませぬか。

ましてや我が家の郎党は槍や鉄砲は得意でも、帳付けや内輪のことには不案内な者ばかり、これでは秀吉様の期待にこたえられますまい。松野様のような方を何人か抱えて、どんなお役目でもこなせる準備がいるのではありませぬか。

秀吉様は天下布武の御意志を受け継ぎなさるとか…。となれば、槍も大切でございますが民生も大切と……、ほほほ、寧々様が申しておりました」

お光がいつの間に…、と、あっけに取られていたのだが、そうか、寧々様の入れ智恵か。ならば、納得がいった。姫路にいる間に、寧々様から各種の指導を受けていたようだ。

「松野様、なにとぞよろしく」

左近も、ここまで言われると断るタイミングを失った。期待にこたえねばならぬ。

「ありがたき幸せにござる。が、奥方様。今後、その、松野様はおやめください。

左近、と呼びすてていただきませぬと、尻が痒くて仕事になりませぬ」

「そうおうせなら、そう致しましょう。が、なにやら私の方もむず痒い。

そうそう、お前さま。松野様…いや、左近には家族や郎党がおったのではございませぬか。こちらに屋敷が建ったなら呼び寄せてはいかがかと存じますが…」

「そうか、気がつかなんだがよい機会じゃ。左近に限らず士分の者にはそうさせよう。

左近、その方が率先して皆に範を垂れよ。うむ、それはよい」

やはり、女手がいないと気づかぬことが多い。仕事、仕事で余裕がなくなっていたのだ。


政治向きのことは、秀吉の朝廷工作が順調に進んでいるらしい。秀吉は将軍位の拝受を働きかけているようだ。その一方で尾張の織田信雄の家老たちへ、執拗に脅迫と懐柔を続けているらしい。3家老ともどもに、秀吉の説得になびいてきているようだ。

そんな折、安土にあった浅井家の三姉妹が大阪に移住してくるらしいという噂が流れてきた。常日頃、せかせかしている石田佐吉が、いつも以上にそわそわしている。安土まで、姉妹を迎えに行く役を名乗り出ているらしいのだ。<内向きのことは助作に>と寧々様が決めた分担とは違う動きを始めている。

まあよい。やりたい者がやればよいことだ。姉妹に逢えば、浅井のお屋形様やお市様のことが思い出されて涙もろくなりそうだ。そういうお役目は、むしろ佐吉に代わってもらった方がありがたい。