「とは申しましても、それがし女子には全く不得手でございまして…」

そういうと、間髪いれずに秀吉が膝を進めてきた。

「それが良いのじゃ、助作。そなたは不器用で女の口説き方などは知らぬ。であればこそ、わしの真意を伝えられるというものじゃ。

わしはな、おのれ一人の欲のために茶々殿を口説いておるのではない。今度の小牧の陣でも分かったが、外様の者たちは表面ではわしに従うが、心の中では、このわしを信長様の後継者として認めてはおらぬ。関白となってもじゃ。朝廷の位などは信用しておらぬ。

わしが、もし、信長公の姪御である茶々殿を娶ることが出来れば、わしは信長公から認めていただいたことになるのじゃ。そのためには力ずくでわしのものにするわけにはゆかぬ。茶々が…自分からわしの下に来て、仲睦まじゅうせねばならぬのじゃ。

わしは茶々のためなら何でもするでな。頼む助作。この通りじゃ」

秀吉は両手を合わせて助作を拝んでいる。

「関白殿下、勿体のうござります。そのようにされたら助作は腹を切るしかございませぬ。

しかし…どうしてよいか全く目処が立ちませぬ故、家に帰ってお光に相談いたしとうございます。しばしの猶予をくださいませ」

このやりとりを寧々は笑いながら聴いていた。恋焦がれる男と、恋と縁のない男が大真面目に向き合って恋の話をしている。曽呂利の漫談でもこれほど面白いものはない。

「それがよいぞ、助作。明日はお光も連れてまいれ。

そうじゃ、そなたらの子も連れてまいれ。この城はなぁ、子供の声がせずにどこか変じゃ。

子供の声がせぬと、理屈ばかりが先走って面白くないでな」

やれやれ助かった。このような仕事は参謀なしには務まらぬ。お光と子供たちが出入りできるとなれば、なんとか勤まるかも知れぬ。何せ、男と女の戦なのだから・・・。


翌日、助作は茶々の乳母・大蔵卿の局に連絡を取った。小谷の城以来の出会いである。

大蔵卿の局と大層な名前を貰っているが、元はといえば小谷浅井家の乳母であり、亭主は浅井家の下級武士であった。落城後に家に戻り、平凡な暮らしをしていたのだが、功を焦る佐吉三成が、茶々を篭絡しようと呼び寄せたのだ。ついでに息子の大野治長も召しだし、何の功もないのに千石を与えて奥とのつなぎ役に任じている。こういうところが、虎之助や市松の顰蹙を買うのだ。

「おやまぁ、助作殿ではないか。

立派なお屋敷を戴いて、先日は弟御がお手柄だとか。すっかり立派になられましたな。

小谷の御殿で初音殿に懸想なされていた頃とは違って、すっかりご立派になって…」

こういうところが、相変わらず嫌味である。子ども扱いしてくる。

「お蔭様をもちまして…。助作も長政公の御遺徳のおかげを持ちまして、何とかやっております。ありがたいことでございます。

でありながら、姫君たちにご無沙汰ばかり…、誠に申し訳なく、本日はお詫びに伺候した次第にございます。ぜひ、ご尊顔を拝したく…」

昨夜お光から教えられた通りのセリフを吐く。何とか、つかえずに言えた。

「それは、それは。姫様方もさぞお慶びになりましょう。昔語りでもしようではございませぬか。どうぞ、どうぞ」

姫の許しもなく、さっさと茶々の部屋に案内する。どうやら御殿のこの一角は、大蔵卿が取り仕切っているらしい。

「姫様、懐かしいお方をお連れいたしましたぞ」

からりと襖を開けた。助作は敷居際に平伏している。

「どなたか当ててみなされ、ほれ、御使者の方、面(おもて)をお挙げなされ」

茶々がじっと助作を見つめる。助作も茶々を見つめる。なんとまぁ、このような美人がこの世にいたものか。弁天様か、観音様の化身ではなかろうか。

「もしや…助作ではないか。助作じゃ、助作じゃ。よう参った」

弁天様が座を立って、手を引かぬばかりに座敷の中央に招じ入れてくれた。

これほど歓待されるとは予想だにしていなかった。

「お近くにおりながらご無沙汰ばかり、申し訳ございませぬ」

只ただ頭を下げるしかない。

「何を申す、助作。城の作事でご苦労していると聞いておったぞ。

それに、このたびは妹の江が弟御にお世話になって、私から礼を述べねばならぬ」

「何を仰せでございますやら。この助作が長政公から受けた恩義の千分の一、いや万分の一もお返しできてはおりませぬ。礼などを受ける資格はございませぬ」

昨夜、お光から受けた指導は、長政、お市の話題に終始せよとの事であった。今日はそれ以外の話題はするつもりがない。

「小谷か、懐かしいのう。父がいて、母がいて…兄様がいて、その脇に助作が控えておったのじゃな。兄様が私を可愛がってくれて…」

茶々が遠くを見る目になって、瞳が潤んでいる。なんという美しさであろうか。秀吉ならずとも、助作とて魅せられてしまう美しさだ。

「そうじゃ助作、あの頃の話をしようではないか。初や江を呼んでもよいか」

「願ってもなき幸せ。助作一生の栄誉に存じます」

大蔵卿の局がバタバタと駆け出した。初と江を呼びに行ったらしい。大蔵卿と名前だけは立派になったが、がさつさは小谷の頃と変わらない。助作は思わず微笑んで見送った。

「クックック」茶々が袖口を口に当てて忍び笑いをしている。

「相変わらずでございますな」「相変わらずでございますとも」二人して笑った。

初と江がやってきた。小谷以来の侍女たちがやってきた。小谷城での幸せな日々の思い出が、次々と披露される。一つの話の終りには、必ず助作の失敗談が出て、皆が笑い転げる。特に初音との初恋話は、女たちが手を打って喜んでいる。助作は道化役者だが、「そうしなさい」とお光から言われてきたから、言われるがまま笑われている。たまに反論すると、これに女たちが寄って、たかってからかう。

茶々や初は記憶にあるから乗ってくるのだが、江はまだ生まれていない時期の話だ。最初は知らん顔をして庭を眺めていたのだが、

「そういえば、伊勢から大阪までの船中で貞隆殿が…」と、弟の不器用さを披露する。

これには他の者も釣り込まれて、根堀、葉掘り…。

加兵衛も今頃は大きなくしゃみをしているのではなかろうか。

「おや、もはやこんな時間でございますか。本日はこれにて失礼仕る」

「おやそうじゃ。奥の木戸を閉める時間でござった。これ以上助作殿を引き止めたら、助作殿は切腹になりますなぁ。

姫様、またおいでいただくようにお願いなされませ」

大蔵卿が茶々を促す。

「助作。久しぶりに笑ったぞ。また、色々と相談したき儀もあるゆえ、どうすれば来てもらえるのじゃ。そなたもお奉行様とかで、忙しかろうな」

「その儀なれば、関白殿下か、寧々様、いや政所様のお声が掛かれば否やは申せませぬ。

政所様を通じてお呼びいただければ、いつにでも参上できまする。ぜひ、続きをいたしたく、助作からもお願いいたしまする」

奥の木戸を出て、助作は大きな息をついた。楽しかったが…女の園に男一人は苦しかった。これも、小谷の奥で経験したことだ。今日は帰って、槍の稽古をせねばなるまい。

「助作殿、関白殿下がお呼びじゃ。遅いとお怒りであったぞ」

表に向かう通路で佐吉が捨て台詞のように言う。茶々攻略の役割を助作に奪われて、面白くないらしい。言い捨ててから、後も振り返らずに表に去ってしまった。

秀吉の部屋に入ると、秀吉だけでなく寧々もいる。それに、なんとお光もいるではないか。

「帰りが遅いはよい知らせ。巧くいったようじゃな」

寧々様が声をかけてきた。この人は、何でもお見通しである。

「は。昔話で盛り上がり、散々恥をかいてまいりました」

「では、お光の作戦通りではないか。

助作、おぬしはよき参謀を持っておる」

目を上げると、秀吉の膝にいるのは我が息子たち、万竹丸と千松丸ではないか。

どうやらこの御殿で遊んでいたらしい。

「助作。わしもこういう子がほしいのじゃ。頼むぞよ」

すると、次男の千松が、たどたどしい言葉で叫んだ。

「ちちうえ、かんぱくちゃまが、馬になってくれまちた」

なんと!  助作は仰天してしまった。関白秀吉様が馬になって、我が息子の相手をしてくれるとは・・・。このようなことがあっても、よいものか。

ここは何とかして秀吉の役に立たねばならぬ。畳に額を擦り付けて、誓った。

「ところで助作、茶々のこともあるが、ひとつ伊予まで使いしてくれぬか。

秀次に四国征伐に行かせたのじゃが、長宗我部もなかなかにしたたかでな。力攻めばかりではハカがいかぬ。ひとつ脅かしにいってきてくれ」

女房や子供の前でこのような話とは、助作は驚いた。

「軍使でございますか。降伏勧告ですな」

「いや、そうではない。秀次め、戦の作法を間違えてな。宣戦布告もせずに戦を仕掛けておるらしい。官軍じゃと言うのに、野武士の喧嘩のような戦振りじゃ。

これでは長宗我部も降参しにくかろう。戦を長引かせるとな、九州や関東の者どももこの秀吉をなめてくるでな。きっちりと宣戦布告をして、秀吉自らが出陣すると脅してやれ。

親父は土佐におるゆえ、伊予大浜の息子のところに言い聞かせてやるのじゃ」

「承知いたしました。

では早速、出立いたします」

「頼むぞ。女房や子供ならわしが面倒を見ておく。心配ない。はははは」


伊予大浜には長宗我部元親の長男、信親がいた。精鋭で知られる長宗我部軍の、更に精鋭部隊を率いて四国一円を荒らしまわってきた五千の兵を率いている。これが城に寄って戦うのだから、まともに戦えば、攻め手には数倍の戦力が必要になる。したがって、力攻めを避け、位討ちにしようというのが秀吉の思惑なのだ。

助作は、秀次以下の遠征軍の武将たちが危惧するのもかまわず、単騎で大浜城に向かった。

こういうときの軍使は、小谷城に乗り込んできた秀吉の姿を真似るのが一番安全なのだ。

先頭に大きな白旗を掲げた甚六を歩かせ、馬の轡を取るのは甚兵衛だ。悠々と城門に近づく。城門からは火縄に煙を立てた鉄砲の筒先が助作の顔に向けられている。矢を番えた弓の射手も数人かが目に入る。が、委細かまわず城門まで乗付けた。

「内大臣 羽柴秀吉が家臣、片桐助作。軍使として城将に申し上げることあり。

直ちに城門を開いて案内すべし」

大音声を張り上げた。

しばらくすると城門が開いた。助作は馬をおり、甚六から白旗を受け取って担ぎ、一人で城門を入る。甚兵衛、甚六は門前で威儀を正して待つ。

この動作の一つ一つを、櫓の上から見ていたのは長宗我部信親だ。

「ふーむ、さすがは内大臣家の武士である。一人で乗り込むとは腹の据わった男じゃ。

者ども、土佐の田舎者と笑われてはならぬ。丁重に書院にまで案内いたせ」

城内に入ると、最初のうちはざわついて、野次などと飛ばしていた兵たちだが、信親の指示が伝わったらしい。奥に入るほどに整列して軍使を迎える姿勢に変っている。これには助作も目を見張った。室町幕府の礼法に則っているではないか。

書院の入口で、助作は立ったまま、もう一度名乗りを上げた。

「あいやしばらく、内大臣様の軍使でございますゆえ、あちらの席へ」

「なんの、互いに軍を構えておる以上、席の上下はござらぬ。対等な位置で口上を申し上げるのが筋でござる」

「そうは参りませぬ。長宗我部は土佐の田舎におっても、勤皇の家にござれば、内大臣の口上を伺うのに対等などは出来ませぬ。ぜひ上座に」

一歩も引く気はないらしい。これでは、この城の主の顔を立てねばなるまい。

「さほどにまで仰せでござれば、上の座から口上を申し上げる」

助作は秀吉からあずかった宣戦布告の書を読み上げた。内大臣秀吉が発令した惣無事令に違反した長宗我部を、帝の名において賊軍として討つという内容である。つまり、秀吉軍は帝の官軍であり、長宗我部は帝の命令に反した賊軍だと言う…判決文のようなものだが、宣戦布告書でもある。

この時点までに、土佐の軍は四国全域に広がっていた占領地の城を、秀次軍に次々と囲まれていた。讃岐では城や砦が落とされ、拠点を失いつつあり、阿波でも劣勢に立っている。

その上に、賊軍の汚名を着せられたら、土佐兵はまだしも伊予や阿波の豪族たちに動揺が広がるのは目に見えている。彼らが寝返りだしたら、撤退すら思うに任せなくなるのだ。

その意味では、助作が持ち込んだ宣戦布告書は強力な武器になった。

信親が威儀を正して答える。

「僭越ながら軍使に物申す。

我らこの城の将なれど、土佐の国主にあらず。早速持ち帰って国主に相談いたし、ご返事申し上げるであろう。それまでお待ち願いたい」

「いかほどの間か。それがしが戻らぬと、内大臣の官軍は戦闘開始の合図と心得、討ちかかってまいろう。時が掛かるなら、その間の停戦は人質を差し出して願い出るのが筋でござる。然るべき処置をとられたい」

こういう駆け引きは一歩も譲れない。相手が立腹して斬られたとしても、それが役目でもある。助作は信親の目の中を覗き込んだ。相手は賊軍と言われて明らかに動揺している。

「人質と申してもこの城には然るべきものがおらぬ」

「ならば、こちらの軍使殿が我らと同道いたし、官軍の将である羽柴秀次様と停戦の交渉をされたらいかがでござるか。それがしがご案内いたす」

助作は軍使を伴って秀次の陣に帰ることになった。この先の交渉ごとは長宗我部元親と秀吉との駆け引きになる。

半月後、元親が上洛し詫びを入れることを条件に、長宗我部には土佐一国が安堵されることになった。四国全土を手に入れる直前であっただけに、長宗我部元親にとっては無念の極みであったであろうが、秀吉の軍事力の前には屈服するしか、なかったのである。

同じことが九州でも繰り返され、島津も本領に押し込められることになるのだが、その戦で長宗我部信親は討ち死にしてしまう。元親をしのぐのではないかと言われた土佐の龍は、青雲の志を遂げることなく、戦国に消えてしまった。

そしてそれが、長宗我部家の衰運につながるのだが、まだ先の、関が原の話である。